志望校をどのように決定するか

はじめに

 私は、この記事をどのような方々が読むのか存じ上げません。残念ながら、ツイッターなどの投票機能のように、読者の一人一人がそれぞれにアカウントを持って年齢層が確認できればいいのですが、なかなかそういうわけにも行かないのが現状です。

 では、本題へと戻りましょう。この記事は、主に小学生・中学生・一部の高校生を対象として自分の体験談を基に、将来的な進学先の決定の判断材料になれば、と思って執筆したものです。

ボーダレスのこの時代

 現在の日本は、米国・中国・韓国に比較すると、緩やかな方ではありますが、それでもなお、成果主義や学歴というものが、ある程度重視される世の中になっています。

 そのような社会の中で、どのように立ち回ることが良いのか、意見を述べながら、手助けできればいいと思っています。

そもそも中高とは

 日本は1872年9月4日に「学制」が施行されて以来、従来の「寺子屋」などの制度に代わり、学校を設置するようになりました。当初は、学校に通うにもお金が必要であったために、就学率は伸びなかったものの、1900年に尋常小学校の授業料が無料になったことをきっかけに、義務教育は無償化されることになりました。

日本一の総合大学、東京大学は4年制

 さらに、第二次世界大戦における敗北やGHQによる教育改革などに伴い、日本では小学校6年、中学校3年の計9年が義務教育とされてきました。また、この時点で、高等学校3年、大学4年、短大2年などという制度が出来ました。

 さて、前の段落からわかることなのですが、中学校と高等学校(以下、「高校」とする)の違いは、義務教育であるか否か、という点です。

 確かに、現代日本で、中学を卒業してから高校へ進学する率は96%を優に超え、高校は実質的に「進学するところ」と化していますが、それでも中学までが義務教育であり、高校は「任意進学」であるということは変わりありません。

 したがって、どのような結論が導き出されるか。それは「高等教育を無駄にするな」ということです。

努力を怠る人間にチャンスは来ない

 つまり、厳しく聞くことが可能であれば、「なぜ、あなたは必ず行く必要もない高等学校へ進学したいのか。そうまでして、あなたは何をしたいのか」ということです。

 確かに、中卒よりも高卒、高卒よりも大卒の方が一般的な平均生涯年収が高い、と言われているのは事実です。しかし、その高給取りの中には大企業の部長・社長レベルも混じっていることを忘れてはいけません。

 あくまでも「平均」なのですから、富める者も貧める者もいるということを忘れてはいけません。さらに「中央値」でないことも大きな点です。日本の平均年収が500万円だったとして、ここで年収1億円の社長がいたとすると、平均が吊り上げられてしまっている、ということを忘れてはいけません。

 また、そう言った、いわゆる「大会社」の社長になるためには、ある程度の学歴がなければいけないことも事実です。もちろん、自分で会社を立ち上げて、その会社を大会社へと成長させることができる場合はこの限りではありません。

 なぜ学歴が必要か、それは「世の中を学んだ」という冷静な判断が下せるようになるからです。「高校に何となく進んだ」「親の金で大学に行ったけど、ずっと遊んでばかりで、落第、留年、中退だった」ではふさわしくないということなのです。

 では、そのことが分かったうえで、中学・高校・大学の志望校をどのように設定すればいいのか、次の章で見ていきましょう。

志望校選び①:基準を決めよう

 先述の通り、日本は学歴社会であるとはいえ、それでも今なお、多くの選択肢が残されている国です。多様性と人権に対しては、他の先進国と負けず劣らずの保障がされている国でもあります。

とはいえ、価値基準は人それぞれ

 ですから、高校に進学するのであれば、ある程度目標に向かっての進学とした方がその後の人生において必ず役に立つ、ということなのです。

 そのために、まず最初にやるべきことは「自分の中での価値基準を決める」ということです。これは学業でもよし、資格でもよし、もちろん運動であっても構わないのです。

 勉強してより良い大学へ行こうとするのであれば、それにふさわしい学校を選ぶでしょうし、美容師になりたいのであれば、美容・理容学校へ、スポーツに特化したいのであれば、甲子園へ出場するような学校へ進学するなど、その選択範囲は多岐に及びます。

 何も基準がない、という方はとにかく勉強してみましょう。日本は先進国ですから、世の中の働き手は半分近くがオフィスワーカーであるといっても過言ではないでしょう。人生をなんとなくで過ごしたいというのであれば別ですが、そうでなければ、やはり努力する近道は勉強であると言わざるを得ません。

 しかし、学力以外にも当然「英語科」だとか「モノ作り科」などといったいろいろな高等学校の課程はありますから、何もそこまで「普通科」にこだわる必要もありません。

 ここで、私事にはなるものの、体験談を一つ入れさせていただきたいと思います。

 それは去年の8月頃に、とある企業主催の下、越南(どこの国でしょうか)・河内(その国の首都です)で行われた高校生による国際会議でのことです。その会議ではアジア9か国の高校生を集め、そこで一つのテーマについて議論するというモノでした。

 日本企業が主催ですから、日本の高校生が多いということはわかっていました。また、その参加校の中でいえば、私の通っている学校は全国でも上位に入るといえる学校でその中にいる自分たちは「他よりも優れている」という錯覚に陥りました。

 しかし、いざ英語の環境に飛び込むとどうでしょうか。確かに、日本の中で見れば、「頭がいい」「東大進学率がいい」など揶揄される学校の生徒であっても、他の名も知らない学校の生徒の方がペラペラと英語を話し、輪に溶け込んでいく姿がそこにあったのです。

 一体何が大事だったのか、私たちの基準は「思い込み」によって成立していることを実感させられました(それでも、最終的に会議において優秀な成績を収めたというオチはありますが)。

 尤も、志望校を決定する材料はこれだけではありません。それは、また別の機会にでも。

結論①:価値を自分で決める

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