特定非営利活動法人Wisaアクションリサーチセンターでは、若者(ユース)を取り巻く情勢やその自立と支援に有意義な情報を調査してお届けしています。
「デジタル・ソーシャル・グリーンスキル」についてご紹介します。
ベトナムにおける教育法改正で注目!
「デジタル・ソーシャル・グリーンスキル」の形成
2025年10月に報じられたベトナムの教育訓練法改正案では、初等教育から高等教育までのすべての教育段階において、学習者が「デジタルスキル」「ソーシャルスキル」「グリーンスキル」を身につけることを国家の教育目標として明記する方針が示されています(Vietnam.vn, 2025)。この改正案では、教育訓練大臣が国家的なデジタル能力フレームワークを策定し、教育課程において情報リテラシー、デジタル倫理、データ活用能力などを段階的に導入することが提案されました。
社会的スキルについては、初等教育にとどまらず中等・高等教育においても継続的に育成する制度的枠組みを整えることが議論されています。さらに、環境教育・持続可能性教育を推進するための「グリーンスキル」に関する条項も新設され、持続可能な資源利用や気候変動への適応などが教育内容として統合される見通しです。
欧州のコンピテンシー・フレームワーク
これらベトナムが着目している三領域の統合的な教育政策は、近年の欧州連合(EU)やOECD諸国のコンピテンシー・フレームワークと軌を一にしています。たとえば、欧州委員会が策定した「DigComp(Digital Competence Framework for Citizens)」では、情報・データリテラシー、コミュニケーション、コンテンツ制作、安全性、問題解決の五領域が定められており(European Commission, 2022)、国民のデジタル能力を体系的に育てる基準となっています。
社会的・情動的能力については、同じくEUによる「LifeComp(Personal, Social and Learning to Learn Competence Framework)」が、自己調整、共感、協働、柔軟性、批判的思考など九つの基本能力を定義しています(European Commission, 2020)。また、持続可能性教育の分野では、「GreenComp(European Sustainability Competence Framework)」が、価値実践、複雑性の理解、未来の構想、持続可能な行動という四つの柱から構成されており(Bianchi et al., 2022)、環境教育を越えた社会的変革能力として位置づけられています。
OECD(2024)は、デジタルとグリーンの「双転換(twin transitions)」の時代において、こうしたスキルを専門的能力と横断的能力(批判的思考、創造性、協働性)として統合的に育てる必要があると指摘しています。これは、単なる技術教育ではなく、若者が社会的課題を自らの課題として認識し、行動するための市民的コンピテンシーを育てるという考え方です。欧州では、学校教育だけでなく、非形式教育(ユースワーク)や地域社会との連携を通じて、学習者が実践的にスキルを獲得できる環境が整えられています(Council of Europe, 2019)。
グリーンスキルとは何か――誕生の背景と意義
「グリーンスキル(green skills)」という概念は、もともとILO(国際労働機関)やUNESCO(国際連合教育科学文化機関)が2000年代後半から提唱してきたもので、「環境に配慮した持続可能な経済活動を支える知識・能力・価値観・態度」の総称です(ILO, 2019)。2008年の世界金融危機以降、各国が「グリーン経済」「グリーン雇用」への転換を進める中で、環境分野だけでなく、あらゆる産業の労働者が環境負荷を減らし、資源を循環的に利用する能力を求められるようになりました。
その後、欧州委員会が2022年に発表した「GreenComp(European Sustainability Competence Framework)」は、グリーンスキルを教育・市民・産業の共通言語として体系化しました。GreenCompは、「持続可能性の価値を体現すること」「複雑性を理解し、長期的視点で判断すること」「より良い未来を構想すること」「個人・社会として行動を起こすこと」の4つの柱で構成されています(Bianchi et al., 2022)。このフレームワークにより、環境意識や行動変容を単なる知識教育にとどめず、「社会的・倫理的判断力」と結びつける教育の方向性が明確になりました。
言い換えれば、グリーンスキルとは、「自然と人間社会の関係を再設計し、より持続可能な未来を創造する力」**と定義できるでしょう。これは、デジタルスキルが情報化社会の基盤能力であるのと同様に、気候変動時代における“新しい市民的リテラシー”として位置づけられています。
これら三領域の統合的な教育政策は、近年の欧州連合(EU)やOECD諸国のコンピテンシー・フレームワークと軌を一にしています。たとえば、欧州委員会が策定した「DigComp(Digital Competence Framework for Citizens)」では、情報・データリテラシー、コミュニケーション、コンテンツ制作、安全性、問題解決の五領域が定められており(European Commission, 2022)、国民のデジタル能力を体系的に育てる基準となっています。
日本における実践的展開――Wisaがこれから取り組むべき教育デザインとライフスキル形成
国際的潮流を踏まえますと、日本の若者支援においても、生産と消費のバランスを学ぶ教育(生産消費教育)とライフスキル教育を統合した実践が求められると考えます。Wisaが活動するインフォーマル教育領域では、現時点で既存の枠組みが確立しているわけではありませんが、今後の方向性として次の三点を中核に据えた日本型のグリーンスキルを確立していくことが有効だと考えます。
第一に、倫理的価値判断(エシカル)の学習を中心に据えた自己学習(self-directed learning)の設計です。
不登校やひきこもりを経験した若者は、外的評価中心の学習観のもとで自己効力感を損ないやすい傾向があります。したがって、学習を「正解の再生産」ではなく、「自分で意味づけし、選択肢を編み直す営み」として位置づけ、段階的な自己主導学習の支援を組み込みます(Knowles, 1984)。具体的には、①関心領域の言語化、②小規模プロジェクトによる試行、③日常生活の消費の振り返りと価値基準の更新、④次の探究課題の設定、という循環を設計します。
第二に、生産消費教育を“倫理的選択の教育”として展開します。
「何をつくり、何を選び、どう使うか」を学ぶことは、家計教育や職業教育にとどまらず、グリーンスキルの実践とも親和的です。たとえば、動画制作・翻訳・軽作業的デジタルワークなどの小さな生産活動に取り組むのみならず、朝起きて食べて寝るまでの日常生活道具を見直し、購買・共有・再利用と連動させることで、若者は「消費者」から「参加型の生産者」へと役割を拡張できます。この過程で、創造・協働・公共性への感度が育まれます(Jenkins, Ito, & boyd, 2016)。
第三に、進路(キャリア)を“自己理解と社会理解を接続する営み”として再定義します。
進学や就職だけを単線的ゴールとせず、デジタル(DigComp)、ソーシャル(LifeComp)、グリーン(GreenComp)を横断する学習成果を可視化し、小さな業務委託・地域協働・ボランティア等の「試す場」と接続します(European Commission, 2020, 2022; Bianchi, Pisiotis, & Cabrera Giraldez, 2022)。この可視化は、自己評価・ポートフォリオ・推薦状やマイクロクレデンシャル等と連動させることで効果が高まると考えられます(OECD, 2005, 2024)。
以上を進めるための実装ステップとしては、下記を考えました。
①学習到達目標のルーブリック整備(価値判断・自己調整・協働・創造・公共性)
②非形式教育を軸にした「小さな生産プロジェクト」の定常化
③月次のリフレクション対話とフィードバック
④成果の記録と認証(eポートフォリオ・簡易認定)
⑤地域・学校・企業との緩やかな協働回路の構築、を提案いたします。これらは、ユースワークの国際枠組みが重視する包摂性・実践性・市民性とも合致いたします(Council of Europe, 2019; UNESCO, 2014)。
この提案は、グリーンスキルを単なる環境知識ではなく、「社会的・倫理的判断力を伴う行動変容の能力」として涵養することを目的にしています。デジタル技能の活用、協働とコミュニケーション、資源循環や持続可能性への配慮を同時に学ぶことにより、若者は「つくる・つながる・考える」を生活に根づかせ、段階的に社会参加を回復しやすくなることを期待しています。Wisaでは、こうした小さな成功体験の積み重ねを軸に、若者の学びと進路選択を支えるモデルを今後かたちにしていきたいと考えます。
参考文献(APA第7版)
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Bianchi, G., Pisiotis, U., & Cabrera Giraldez, M. (2022). GreenComp: The European sustainability competence framework. Publications Office of the European Union.
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Council of Europe. (2019). Youth work competence framework. Strasbourg: Council of Europe Publishing.
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European Commission. (2020). LifeComp: The European framework for personal, social and learning to learn key competence. Publications Office of the European Union.
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European Commission. (2022). DigComp 2.2: The digital competence framework for citizens. Publications Office of the European Union.
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Jenkins, H., Ito, M., & boyd, d. (2016). Participatory culture in a networked era: A conversation on youth, learning, commerce, and politics. Polity Press.
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Knowles, M. S. (1984). The adult learner: A neglected species. Houston, TX: Gulf Publishing.
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OECD. (2005). The definition and selection of key competencies (DeSeCo). OECD Publishing.
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OECD. (2024). Building competencies for digital and green innovation in higher education. OECD Publishing.
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UNESCO. (2014). Teaching and learning: Achieving quality for all (EFA Global Monitoring Report 2013/4). Paris: UNESCO.