学校に行かなくたっていいじゃないか

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学習の記事が5つ目となりました。今回は、いつもとは焦点を変えて話を進めていこうと思っています。その内容は「学校に行かなくたっていいじゃないか」。「学校に行っているお前が何を言うか!」という批判もあるかもしれませんが、あくまでも私のスタンスは「学校に行かなく『ても』いいじゃないか」というのみで、ある意味での肯定をしているだけですので、まずはご了承いただければ、と思います。

さて、世の中には学校に行きたくない、行けないという人が少なからずいます。その原因はその人その人によって違ってきますので、これが原因だという風にここで断定はできませんが、やはり何らかの事情があるのは確実です。

ゆたぼん

少し前、去年頃に「少年革命家ゆたぼん」という小学生(の年齢に相当する)が話題になりました。学校に行く価値を見出せないから、というのが彼の意見でした。個人的にみて、これはすごく上手な生き方だなと思いました。

確かに、学校に行っていないという点において、彼に対して批判の目で見ていた自分がいるというのも事実なのですが、それでも彼の「行く価値がない」と言い切ったことに私は心を動かされた気がしたのです。

尤も、そのような事実があっても私は学校から逃げるつもりは毛頭ないのですが、自分の生き方を自分で決められる。そういった観点においてはいわゆる「ひきこもり」も間違った生き方はしていないのではないかと思うのです。

見方を変えれば引きこもりはテレワーク?

そもそも学校に行く目的は何か。私の思うことに、それは、今までの記事でもお伝えしたように「学ぶ」ためなのです。努力をするために学校へ行く。結果を得るために学校へ行く。確かに、これを見れば学校は一つの「通過点」にしか過ぎないのです。価値観を広め、見分を広め、立派な職につきたい。そう思う人が大半で、それが社会としての風潮ではありますが、何もそれだけが全てではないのです。

お金を稼いで幸せになりたい。それが人生の中で幸せなことだと感じられている人がいるのであれば、株やFXのデイトレーダーとして一日に何千万円ものお金を動かせればいいし、それを見極める最低限の能力と、運があればいいと思うのです。運も実力に含まれると私は思っていますし、自分の力で生きていける人はある意味で立派なものだと私は思います。

いじめは社会的な孤立の原因となる

多くの場合、学校に行かない人はいろいろな「負の面」を学校に対して感じているのだと思います。いじめられた、雰囲気が嫌だ、億劫だ。そういった人たちが無理に学校に行く必要はないのです。私も、かつて教師からいじめにあったことがあります(これはまた別の記事で触れさせていただくことになるかとは思います)。ですから、そういったときに学校に行きたくなくなる気持ちはよくわかります。

とはいえ、私は半ば刷り込みによって形成された「価値観」によって学校へ行くことを選択し、今に至った人間です。しかし、当時仮に万が一学校へ行っていなかったとすれば、それはそれでまた別の人生が広がっていたのではないかと推測します。

さて、ここまで学校に行かない人達の存在を肯定していたわけですが、一応ここで、そういった人たちにもアドバイスをさせていただきたいと思います。それは「社会とのつながりは断ち切らないこと」です。

学校に通う年齢、とくに義務教育を受けるべき年齢の時には、児童・生徒たちは就職をすることができません。したがって、学校を切ってしまうと「社会」や「集団」から孤立してしまうことが大いに予想できます。

円循環

しかしながら、人間という動物はその「社会」や「集団」という関わりを持たなければ死んでしまうのです。いや、生きられないといった方が確実でしょうか。

この近代国家が出現して久しい現在でも、どの文明国も手を出せなかったという、北センチネンタル島という島があります。これはインド洋に存在しますが、どの文明国も文字通り、手を出すことができなかったのです。コミュニケーションがとれなかったからです。

しかし、そんな彼らでさえも、彼らなりのコミュニティを形成し今もなお生活を続けている。いくら文明と手を切っても生活できないことはありませんが、衣食住全てを一人で行うことは事実上不可能です。

 いざ何か物を頼みたいと思っても、長らく社会とかかわらなければ、どのようなところで人が怒り、どのような場面で人が快諾してくれるのか。それを知らないことは人間生活を送っていくうえで非常に大きな損失となります。

 いくら学校に行かなくても、幸せな生活は送れます。しかし、社会との交流は切ってほしくない。そのための組織はしっかりあるわけですから、ぜひ、自分らしい「社会での生き方」について、考えてみてはいかがでしょうか?

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